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勝風神刀流の歩みの章

   勝風神刀流の歴史




 異国の地にて・・・
「 勝風神刀流剣武術 」の歴史は、創始者であり初代宗家の筒井 勝風(本名 纒)が、大正7年に17歳で単身現在のベトナム・ハノイに渡ったことから始まります。
その翌年、大正8年に彼の地で林 政人先生に出会い、渡航以前より詩吟に覚えのあった初代は、林先生の詩吟・剣舞の技に非常に感銘を受け、また遠い異国の地で日本文化に触れることができたという喜びもあり、そのまま同氏に師事することになりました。
その後ハノイを離れてからも、あらためて 東 學風先生に師事し、さらに詩吟・剣舞の技に磨きをかけた初代は、今度は自らが伝える立場となり、当時日本の占領下にあった韓国で各地の警察署や学校をまわって剣舞・詩吟の披露・指導を行いました。このころの時世上、詩吟や剣舞は士気の向上目的などで隆盛を誇ったようです。
昭和19年には大日本吟剣有段者會より朝鮮総支部長に任命されております。







40代の頃の初代宗家 ( 昭和20年代 )





二代宗家 筒井 勝風



 終戦、流派設立へ・・・
  韓国で終戦を迎え、家族とともに帰国した初代宗家は(戦時中、初代宗家は仕事で韓国に住んでおり、現地で生まれていた二代宗家も一緒に帰国しました)その頃の日本の現状を憂い、また己が身につけている素晴らしい日本文化をもっと多くの人たちに広めなければと一念発起し、昭和25年10月25日、自らが代表となり数名の有志とともに、当時住んでいた長崎市坂本町の地で町内の人間5〜6名に指導を始めました。これが現在の勝風神刀流剣武術の最初の姿です。
それから昭和28年に会名を「日本吟詠会」としました。(当時は詩吟が活動の中心だったようです)
長崎市の諏訪神社や護国神社の節分祭に詩吟・剣舞を奉納、市民会館のこけら落しに出演・・・など、徐々にその活動の場を広げていき、昭和50年にそれまで日本吟詠会内の「剣武の部」であったものを、正式に独立流派「 勝風神刀流剣武術 」と定めました。
こののちも平成11年11月14日に創立50周年に先立ち、後の二代宗家(当時 初代春風)が中心となって、初代の白寿のお祝いも兼ねて記念大会を開催いたしました。  
ですが、初代宗家はこの3日後、平成11年11月17日に大会が無事に終了したことを見届けて、98歳で逝去されました。


 そして新しい時代へ・・・
  初代の逝去後も、二代宗家 筒井 勝風(本名 章展)がその意志を引き継ぎ、さらにそれまで旧態的要素が強かった当流派の振り付けに新しい要素を加え、現代に合うようにアレンジすることによって芸道としての幅を広げました。平成12年度・19年度には、長崎の秋の例大祭「長崎くんち」の踊り町である八幡町の奉納剣舞にも指導者として招かれております。平成19年度には現宗家(当時 二代勝春)も二代宗家よりの命で、剣舞指導補助並びに吟者として参加いたしました。
  そして三代宗家のもと、新体制となった勝風神刀流剣武術は平成22年に創立60周年を迎え、更に正式に「詩吟部」を併設。次代を担うべき新しい世代も日々の熱心なお稽古や舞台経験によって確実に育っております。





歴代宗家については、こちらのページで紹介します。


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現 宗家 三木 勝風


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